仲蔵と松之丞”稲荷町から名代へ”
”妙見信仰”・・4日に日本橋亭で聴いた神田松之丞「中村仲蔵」の話
役者の最下層、稲荷町〈いなりまち〉から出立し、
トップの名代〈なだい〉にまで上がった役者血筋でない仲蔵が、
振られたちょい役「斧定九郎」に悔し涙を流しながらも、工夫をせねばと、
妙見様に祈願していたところの雨宿りで、粋な旗本らしき浪人に蕎麦屋で遭遇し、
その黒羽二重に月代ボーボーの身なりが、ニューバージョン斧定九郎にいける!
名代になって2年目31歳くらいかな・・
作者に意地悪されてアイチュウ〈6段階ある役者の下から3番目の位〉がやる役を
振られ、ソレを乗り切って大役者に・という話。私、好きなのです。この講釈・・
”仮名手本忠臣蔵”
4段目は
”判官切腹”の場・シーンと水を打ったような静かな観客
5段目は、
判官の小姓だった早野勘平が山崎街道山中で、
イノシシと間違え人を撃ち、懐から50両奪う。
撃たれたのは舅を斬り殺し金を奪った、家老の息子で浪人している斧定九郎
続く6段目では、
暗闇で撃った相手を舅と勘違いした勘平が、
仇討の義挙に加わることなく翌朝腹を切る悲劇となる。
勘平は、腰元のお軽と駆け落ちし,軽の父母のもとで山中で農夫・漁師をしていた
この5段目は弁当場といわれて、
観客が判官切腹の後に気を抜く、ちょい場面だったのを
あかっ面の、悪役斧定九郎を、
白塗りの羽二重をまとった色男に工夫して観客の度肝を抜いたのが中村仲蔵です。
悪役には実悪(じつあく)定九郎はこのタイプ
色悪(いろあく)
平敵(ひらがたき)
公卿悪(くげあく)
言葉から、悪人のタイプがなんとなく分かります。
宝暦(1751年~1763年}から天明(1781年~1789)にかけての実悪(じつあく)役者「中村仲蔵」
稲荷町からでた役者なれど。4代目市川團十郎に見出され、
名代になり屋号は”さかい屋”
作者の忠告聞かずに、ちょい役振られる遠因を作った
幽霊を演じた「コハダ小平次」の芝居噺も序章も入れて新たな”中村仲蔵”へ^^;
稲荷町→ 中通り→ 相中→ 相中上分→ 名題下→ 名代
いなりまち なかどおり あいちゅう かみぶん なだいした なだい
が、下層から上層への・・役者の地位です。
お友達でもある講談師一龍斎貞寿のブログをご紹介します。
今の松之丞を愛情ある目でくっきりと闊達に描写してます。
じゅじゅBlog"孤高の松くん”
http://ameblo.jp/teijyu/entry-11947740538.html
昨日は、朝練講談会。
朝早くから多数のご来場誠にありがとうございました!!
なんと、朝練至上、二番目の大入りだったそう。
わーい、わーい。(^o^)
厚く御礼申し上げます♪
松之丞くんとの芝居話シリーズは、
昨年もこの時期にさせていただきましたが、
あの時は、私がもう切羽詰まりまくり。
兎に角稽古の時間がなくて…
中村仲蔵を一夜漬けで暗記するという暴挙に出ましたねぇ(笑)
ああ、懐かしい。
もう、自分のネタだけで精一杯でした。
でも、今年は比較的余裕のあるスケジュールで臨めたので、
ゆっくりと松くんの話も聞くことができました♪
楽しかったなぁ~(*⌒▽⌒*)
今回、松くんが読んだ
「淀五郎」や「仲蔵」
これは、私も持っている読み物です。
でも、まったく違う。
松くんの「淀五郎」「仲蔵」は、
松くんだけの読み物になってました。
特に「仲蔵」は、違う。
一言でいうなら
「孤高の仲蔵」
若く、守るもののない。
そんな今の松くんならでは。
いまの、リアルな松くんの「中村仲蔵」
きっと、あと10年したら少し変わってくるだろうなぁ…。
そんなふうに思えるところも面白い。
昨日の「仲蔵」は、
「孤高の松くん」ならではの話。
楽屋で聞いていて、とても面白かったです♪
私は「名人小團次」
私の話は、ほぼ、師匠のままです。
小團次を表現する上で、どうしても言わせたいセリフがあったので、
ちょっとだけ台詞を足してますけども、
大体は、師匠の話をそのまま申し上げています。
基本的に芝居話は、師匠と解釈が変わる事はほぼありません。
ただ、どうしても言わせたいセリフや、
どうしても言葉にして伝えたいことが出てきてしまうので、
ほんの少しだけ「ちょいたし」してます。
師匠からは「それ、いらねえよ」って言われたりするけど(笑)
でも、やっぱり腑に落ちないと出来ないんですよね。
たった一言のセリフが、私の言いたいことの全てだったりするので、
言葉を吟味したうえで、ほんの少し「ちょいたし」してます。
少しのことなんだけど、大きなこだわりだったりします。
人が大きくなるには、
師匠、恩人、ライバル、支えてくれる人…沢山の力があったればこそ。
自分が大きくなれたからこそ、
見えてくるものがある。
時間がたったからこそ、
許せることもある。
恨みが感謝に変わることもある。
私はまだまだそんな領域にはないけど、
いつも「感謝」という言葉は胸にあって。
図らずも、
対照的な話だったかもしれません。
ああ、楽しかったな。
よい機会をいただきました。
ありがとうございました!
左*一龍斎貞寿 右*神田松之丞
役者の最下層、稲荷町〈いなりまち〉から出立し、
トップの名代〈なだい〉にまで上がった役者血筋でない仲蔵が、
振られたちょい役「斧定九郎」に悔し涙を流しながらも、工夫をせねばと、
妙見様に祈願していたところの雨宿りで、粋な旗本らしき浪人に蕎麦屋で遭遇し、
その黒羽二重に月代ボーボーの身なりが、ニューバージョン斧定九郎にいける!
名代になって2年目31歳くらいかな・・
作者に意地悪されてアイチュウ〈6段階ある役者の下から3番目の位〉がやる役を
振られ、ソレを乗り切って大役者に・という話。私、好きなのです。この講釈・・
”仮名手本忠臣蔵”
4段目は
”判官切腹”の場・シーンと水を打ったような静かな観客
5段目は、
判官の小姓だった早野勘平が山崎街道山中で、
イノシシと間違え人を撃ち、懐から50両奪う。
撃たれたのは舅を斬り殺し金を奪った、家老の息子で浪人している斧定九郎
続く6段目では、
暗闇で撃った相手を舅と勘違いした勘平が、
仇討の義挙に加わることなく翌朝腹を切る悲劇となる。
勘平は、腰元のお軽と駆け落ちし,軽の父母のもとで山中で農夫・漁師をしていた
この5段目は弁当場といわれて、
観客が判官切腹の後に気を抜く、ちょい場面だったのを
あかっ面の、悪役斧定九郎を、
白塗りの羽二重をまとった色男に工夫して観客の度肝を抜いたのが中村仲蔵です。
悪役には実悪(じつあく)定九郎はこのタイプ
色悪(いろあく)
平敵(ひらがたき)
公卿悪(くげあく)
言葉から、悪人のタイプがなんとなく分かります。
宝暦(1751年~1763年}から天明(1781年~1789)にかけての実悪(じつあく)役者「中村仲蔵」
稲荷町からでた役者なれど。4代目市川團十郎に見出され、
名代になり屋号は”さかい屋”
作者の忠告聞かずに、ちょい役振られる遠因を作った
幽霊を演じた「コハダ小平次」の芝居噺も序章も入れて新たな”中村仲蔵”へ^^;
稲荷町→ 中通り→ 相中→ 相中上分→ 名題下→ 名代
いなりまち なかどおり あいちゅう かみぶん なだいした なだい
が、下層から上層への・・役者の地位です。
お友達でもある講談師一龍斎貞寿のブログをご紹介します。
今の松之丞を愛情ある目でくっきりと闊達に描写してます。
じゅじゅBlog"孤高の松くん”
http://ameblo.jp/teijyu/entry-11947740538.html
昨日は、朝練講談会。
朝早くから多数のご来場誠にありがとうございました!!
なんと、朝練至上、二番目の大入りだったそう。
わーい、わーい。(^o^)
厚く御礼申し上げます♪
松之丞くんとの芝居話シリーズは、
昨年もこの時期にさせていただきましたが、
あの時は、私がもう切羽詰まりまくり。
兎に角稽古の時間がなくて…
中村仲蔵を一夜漬けで暗記するという暴挙に出ましたねぇ(笑)
ああ、懐かしい。
もう、自分のネタだけで精一杯でした。
でも、今年は比較的余裕のあるスケジュールで臨めたので、
ゆっくりと松くんの話も聞くことができました♪
楽しかったなぁ~(*⌒▽⌒*)
今回、松くんが読んだ
「淀五郎」や「仲蔵」
これは、私も持っている読み物です。
でも、まったく違う。
松くんの「淀五郎」「仲蔵」は、
松くんだけの読み物になってました。
特に「仲蔵」は、違う。
一言でいうなら
「孤高の仲蔵」
若く、守るもののない。
そんな今の松くんならでは。
いまの、リアルな松くんの「中村仲蔵」
きっと、あと10年したら少し変わってくるだろうなぁ…。
そんなふうに思えるところも面白い。
昨日の「仲蔵」は、
「孤高の松くん」ならではの話。
楽屋で聞いていて、とても面白かったです♪
私は「名人小團次」
私の話は、ほぼ、師匠のままです。
小團次を表現する上で、どうしても言わせたいセリフがあったので、
ちょっとだけ台詞を足してますけども、
大体は、師匠の話をそのまま申し上げています。
基本的に芝居話は、師匠と解釈が変わる事はほぼありません。
ただ、どうしても言わせたいセリフや、
どうしても言葉にして伝えたいことが出てきてしまうので、
ほんの少しだけ「ちょいたし」してます。
師匠からは「それ、いらねえよ」って言われたりするけど(笑)
でも、やっぱり腑に落ちないと出来ないんですよね。
たった一言のセリフが、私の言いたいことの全てだったりするので、
言葉を吟味したうえで、ほんの少し「ちょいたし」してます。
少しのことなんだけど、大きなこだわりだったりします。
人が大きくなるには、
師匠、恩人、ライバル、支えてくれる人…沢山の力があったればこそ。
自分が大きくなれたからこそ、
見えてくるものがある。
時間がたったからこそ、
許せることもある。
恨みが感謝に変わることもある。
私はまだまだそんな領域にはないけど、
いつも「感謝」という言葉は胸にあって。
図らずも、
対照的な話だったかもしれません。
ああ、楽しかったな。
よい機会をいただきました。
ありがとうございました!
左*一龍斎貞寿 右*神田松之丞