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「江戸講談とすったもんだ日記」をよろしくお願いします

20131231スティーブンセガール沈黙の鎮魂歌

大晦日

恒例の紅白歌合戦は、もう30年,見ていませんでCS放送のムービープラスCHの

スティーブン・セガール主演「沈黙の鎮魂歌」を観ています。

セガールのナイフ捌きと男くさい仕草や優しいセクシーな表情が絶品です。




今年も、あと数時間・・

ご訪問いただいた皆様、コメント寄せていただいた皆様、

心より・・お礼申し上げます。ありがとうございました。

どんな文体スタイルならスムーズに入っていけるのだろう、

丁寧にしようか、自分流にアッサリにしようか・・等など考えたり、

講談にはまって「江戸講談とすったもんだ日記」になったり

イロイロありましたが、徐々に拍手も頂いて

1年間続けることが出来ました。

来る年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。
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暮の正月支度

例年、昆布出汁で八つ頭を塩味で煮て、牛蒡と身欠きにしんを具に巻いた昆布巻きを作ってましたが、今年は八つ頭だけ煮ます・・簡略化・。
正月したく
大晦日の年越し蕎麦の鶏肉出汁つゆを大量に作り、そのつゆで、里芋・(牛蒡)・人参・蓮根・シイタケ・蒟蒻・筍・鶏肉の煮物を煮ますが、今年は昆布巻き作らないので、牛蒡なし。筍は日本産を使う。
つゆは、蒲鉾と小松菜の茹でたのに、ゆずを添えて、お雑煮のつゆになります。

餅と煮物材料

実家から届いたお餅をラッピングして冷凍する。

お蕎麦の海老は、安くて味がよい、アルゼンチン赤海老を天麩羅にして、残りは正月用にします。明日は、酢蛸とマグロのお刺身と、ゆず窯(ゆずを半分に切ってイクラを盛る)を揃えて、お重箱は例年、添加物なしの素材の味がよくわかる、セコムの二段重が届きます。
お供え20131230
御供えを、浄土真宗の位牌と神道の位牌と、十字架の飾られた仏壇に供えて、
準備完了。

師も走ると云う慌ただしい筈の、でも静かな年末の29日

(昨日今日と聴いた)クリス(岡崎)さんのセミナーは、酔ってしまうほど、

たっぷりと中身が詰め込まれて、充実しています。

ご本人は、パッション(情熱)溢れ、優しい人柄、かつクールな頭脳の方です。

年末は車も少なく、道はタクシーがすいすい進みます。

師も走ると云う慌ただしい筈の、でも静かな年末の1日。

新年は、1月2日か3日に講談初席に行きます。

老夫婦2人の新年は、とりたてて変わったこともない1週間になりそうです。

今日は少し,咳が出て熱感があり、風のひき始めの雰囲気です。

NHKBS放送で、土日に、浅田次郎氏著「一路」の旅番組がありました。

中山道を一路に参勤する筋書きに沿った、講談あり、人形劇あり、

の、女優真野あずさとの対談番組。しかし、BS契約してないので観られず、

こんな時、いつも残念と思い、なのに契約しないままそれを繰り返しています。

CS放送観るのに結構払っているので、BSは見合せたままです。

PS*寂しいのは、子どものメールが、以前より少ないこと・・。

もう小さくないから仕方ないのだろう・・。

正義の対立語は愛(受容) (未来の)自由の対立語は(現在の)安全 

海外のメンターだかが説く「思考は現実化する」といった成功哲学に基づく自己啓発の話があります。が、そんな難しい話でなく、言葉にしたことが現実になる「引き寄せの法則」というのがあります。云ってると現実化する、字や絵に描いてもよろしと云うもの。

札幌の友人が吹雪の中、飛行機に乗って五反田のセミナーに参加しに来ました。
前便まで全て欠航、彼女の乗った便だけ離陸して、雪雲の上に出るまでガタビシ揺れるのを必死に、こらえ、後続便はまた、欠航、しかし彼女の乗った便だけは盛岡仙台上空をのうのうと過ぎ、羽田着。五反田に着きました。こういうのを「引き寄せの法則」と云います。必死に念じると、対象が引き寄せられるとです。最近は、いけいけどんどんの講座が多いです。昔と違いますね。私は、頭は醒めたまま、人間模様観察も面白いので、見ながら聴いてました。

のっけが面白かった・・(クリス岡崎氏談)
・いじめはいじめられる方が悪い
・家庭内暴力は美しい愛の形でもある。
・自分の目的の為に人を利用してもよい。
・セクハラはされる女性に問題がある。
・詐欺は騙される方が悪い。
・戦争も殺人も経済発展の為に必要だ。
これらの論点のうちから1つ、選んでなりきり・憑依されたように、思いこんで説明を試みる。
私は、「詐欺は騙される方が悪い(--〆)」を選んで説明する。曰く、資産は、リスクの程度によって分けておく、だまし取られてもダメージからの回復可能な普通預金からの出金なのでト一(といち)の金利(10日で1割の金利が付く高利貸の金利・「ミナミの帝王 トイチの萬田銀次郎」の漫画でつとに有名)がつくからと、持ち懸けられて出した自分がそもそも欲深く間抜け、リスクを勘案した普通預金から出したので、まあ、被害も想定内と云うことで、自分には納得可、という論理を、なにやら臨場感溢れ、あたふたと述べる。そんな導入を経て、最終トピックス、導き出されたものは

正義(=愛する人をメタメタにノシテしまうこともあれば、人の成長を止めることもある)の対立語は愛(受容)
自由(未来はこう変化する)の対立語は(現在の)安全ということになり、

百聞は一見に如かずの言葉通り、講談師のように、あなたが願う未来を想像した情景を語って聞かせ、そのビジュアリティーが本人の引き寄せの法則に貢献する、そういう、効果のお話しですが、人は見てきた様な気になり、脳は思い込み、未来がそうならんが為の思考を開始すると云う、現状脱出したり、起業成功したり、成功例は枚挙にいとまがなかとです。現代は、生きるのが、ビジュアルチックに劇画的になったのだろうか、それらを容易く御す人も、不器用な人も、そちらは不変かな、と思えます。

暮の鈴本・講談3席と正楽師匠の紙切りで楽しみました

靖国参拝考
英霊を祭る墓苑に尊崇の念を抱くのはどこの国も共通で、わが身も参拝していますが、参拝は国民のごく自然の感情の発露であると思います。日本の場合は、いつの間にかA級戦犯が合祀されてしまっていることが問題で、中韓は、靖国参拝問題と引き換えに、水面下では日本にODAを無心してきているので、何事も経済に置き換えれば、腑に落ちない事象も腑に落ちる解釈が出来ます。

早朝の日本橋亭で神田山緑、すずの3日連続読みの会・最終日だけ聴く。
すずの「重の井子別れ」は歌舞伎題材にもなってるが、講談は筋が詳しい。
姫様の乳母になった重野(しげの)が、生まれてすぐに生き別れた息子の、馬子の三吉と幼い姫様の輿入れ道中で、巡りあうと云うもの。筋が詳細だが、歌舞伎では魅せるため、馬子が可愛らしくいじらしい点にスポットを当てている。長丁場なのですずが、一寸たどたどしい。来る年も頑張ってほしい。

山緑は清水の次郎長・・長編の一場面のみ聴いたので、感想略。
鈴本演芸場_convert_20131025011658 20131227日本橋亭清水の次郎長_convert_20131227224132
     鈴本演芸場                山緑「清水の次郎長」

上野鈴本演芸場も千秋楽、講談三席で山緑・宝井琴柳・主任(とり)は琴調さんの「池田輝政」。
琴調さんの柔らかい自在な語り口は耳にやさしく気がつくと、頭で場面を空想している。豊臣方の名将岐阜大垣藩主・池田輝政が、小牧長久手の戦いで、父の大将首を上げた、徳川方の武将を(一千石)を和睦(家康の娘・督姫と再婚)の後の10数年後、その将たる器を認めて、召し抱え一万石取りの武将とした話。

林家正楽(しょうらく)師匠の紙切りが、相変わらず見事でした。
客が出すお題をその場で、身体を揺らしながら、
すいすいと紙を切って見事な形を作り上げていく。
七福神、初もうで、琴柳と琴調、ETC・・・

年賀状が漸くにPCで作り終えました

昨日、ひたすらマイナーな気分で、
家事嫌いの母親と、ことごとく反目する、
見栄っ張りの父親に挟まれた
イヤだね~だった子ども時代のことブログに書きましたら、
筆が滑り、干支にケチばかりつけてしまい、
自分が読み返して、やな気分
拍手もまばらで・・
反省することしきりでした。(;一_一)

性格は両面がありますね。
家事嫌いな午は、生活力(馬力)があり、
見栄っ張りの午は、社会性豊かで、人脈作りが達者でした。

巳年は慎重で、深謀遠慮にして物事を成就させる
未年は傷つきやすいから、そのぶん人に優しい
申は賑々しく、その場を盛り上げるキャラ
戌は愛嬌たっぷり・・いきいきとピュアな性格
等など・・。
人は美点を見て、、
路は傍に茂れる花や草の萌え立つ様を見て、歩くがよいです。

年賀状が漸くにPCで作り終えました。
昔、必死に手書きをしていた頃を思い返すと、
夢みたいに自己表現が自在な世の中になりました。(^v^)






子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥   干支それぞれ・・

やなことをずるずると先延ばしする癖が出て、

年賀状に取り掛からずにいて、やっと、今日取りかかったところ。

3が日ならよい、松のうちならよい、などと、自分を納得させながらでしたが。

来年の干支は午(うま)年、午年同士の組み合わせの

暴れ午の両親に、家事を任され店の手伝いしながら、

進学校に行き、親戚の子の家庭教師のバイトを引き受けてこられ、

さらに、寝付いていた祖母の世話までしていたので、

その場限りの、考えなしの威勢の良さは被害甚大で

無論、得たもの貴重な経験ありましたが、

やはりちょっと無理やりの感は否めず、御免こうむりたい、

以後の人生のスタンスになりました。

だから、午に限らず、寅・辰・亥など考えなく威勢の良い干支は苦手です。

ま、こういう手合いは、憎めなくもあるんですが・・。

周りの人間でも、子(ね)年や卯(う)年生まれが、

大人しいが人間の枠がちまいと感じる人がいれば、

巳(み)年は不思議と陰湿、

未(ひつじ)は大人しい

申(さる)は騒々しい

戌(いぬ)は愛嬌ある等、

干支は人の性質あたってるなあと、思える事しきりです。




メリーXmas 和洋折衷 静かな聖夜が更けていきます

メリーXmas
渋谷井之頭口_convert_20131205004224 

昨年までは、ケーキを用意して、プレゼント用意して、
二男がツリー飾って賑やかでした。
今年は、静かないつも通りの夕食です。

あと、何回、Xmasイブを迎えられるだろう・・?

そう思って数えたら、長くて、94歳まで生きた祖母の年齢まで生きて38回。
突然逝った叔父の年齢なら、0回。
現在、末期前立腺がんの父の来年の年齢なら、28回。

命には終わりがあるから、大黒様の秤にかけるでなく(利得は必要に応じ)
閻魔さまに阿る(おもねる)でなく、
真摯に正直に、阿漕(あこぎ)に(偽善でなくと云う意味)生きたいと思います。
こうせいと思うこと、なしたいことをなしましょう。

なせばなる、なさねばならぬ何事も。
日本人的忍従の価値観では世界基準には通用しません。

若者には、切磋琢磨して教養・経験を養って世界に積極発信していってほしい。


「敦盛」
幸若舞の演目の一つ・敦盛を討った熊谷次郎直実の嘆き・
  織田信長が好んで舞った

思へばこの世は 常の住み家にあらず

草葉に置く白露、水に宿る月よりなほあやし

金谷に花を詠じ、榮花は先立つて無常の風に誘はるる

南楼の月を弄ぶ輩も 月に先立つて有為の雲にかくれり

人間五十年、化天(下天)(げてん)のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり

一度(ひとたび)生を享け、滅せぬもののあるべきか

これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ


「化天」は六欲天の第五位の世「化楽天」で、一昼夜は人間界の800年にあたり
「下天」なら最下位の世で、一昼夜は人間界の50年に当たる。

和洋折衷、いろんな思いを抱えながら、静かな聖夜が更けていきます。

昭和平成80年の道のりを振り返られ 天皇陛下会見

天皇陛下が傘寿を迎えられました。

子供の頃、お月さまのように丸顔・うりざねタイプの整った顔立ちの美人の
皇太子妃美智子さまが、夏、軽井沢に静養に行く為に乗車なさった
その特急列車が、昼、点灯して走り抜けるのを、線路沿線の自宅の庭で
待ちわびて見ていたら、走り抜ける列車の窓から、美智子さまが子供を見留めて
優しそうににこやかに手を振ってくださったのを憶えている。.

日本中が御成婚以来何年、何十年経ってもミッチーブームでした。

駐在さんが自転車でその日は少し早めに来て、沿線の不審物探索をして、
早めに終わらせて、暫し母が出した煎茶を飲みながら、
列車が通過する時刻まで、お店で世間話をしていた、
そんな昭和40年代前半ののんびりした雰囲気を思い出します。


昭和はアナログな時間が過ぎていましたが、
現代の様な閉そく感はなく、平穏でした。
1963年吉展(よしのぶ)ちゃん誘拐事件と3億円強奪事件が印象に残る事件
だったのだから、昨今の立て続けに残虐な事件やおれおれ詐欺事件が起こる
世相と違いのんびりしたものでした。



天皇陛下のお言葉は


先の戦争の惨禍を痛ましく思い、戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、
平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、
戦争で荒廃した国土を立て直し、当時の我が国の人々の払った努力に対し、
深い感謝の気持ちを抱いています。
また、当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならないことと思います。・・・続

「天皇という立場、孤独とも思える」 天皇陛下会見全文 朝日新聞デジタル
                  2013年12月23日05時02分


今上陛下の誠実なお人柄や真摯な姿勢、優しい言葉には常に、感銘を覚えます。

冬至ゆず湯にカボチャ煮て・・

1年で一番昼が短い冬至当日、ゆず湯は入りますが、晩御飯はカボチャも煮ずに老夫婦二人の侘しいあっさりした(手抜き)の夕食です。

麦入り飯のおにぎり
具だくさん煮込みうどん
メロほほ肉の西京漬け焼き
蓮と人参のきんぴら
(昼の残りの)鶏肉唐揚げの甘酢浸け
蕪と胡瓜の浅漬
20131222冬至の晩御飯
 冬至の夕食

冬至の日に、北海道では僧侶がお経を唱えながら、水を浴びる荒行が行われ、
冬至 僧侶が水を浴びる荒行 NHK NEWSWEB12月22日 17時40分

この時季に来る本格的な寒波を「トゥンジービーサ」と呼ぶ沖縄では、冬至には「トゥンジージューシー」(冬至の炊き込みご飯)を作って家族の健康や繁栄を祈ります。
きょう冬至 ジューシー食べ健康祈る 沖縄タイムズ 2013年12月22日 06:00

縦に細長い日本、
冬至の日には、北から南まで地方の気候と作物に適った風習があるようです。

「鉢の木」より「いざ鎌倉と源左ェ門駆けつけの一席」

忘年会の会員と山緑_convert_20131221220706 山緑お召し替え中20131221_convert_20131221220021
  講和塾後忘年会の参加者友人の吉岡浩二さんと神田山緑

中野区沼袋区民活動センターで、月1回、日本講和塾が開かれ
「鉢の木」を唸ってきました。

「日本講和塾」とは
日本の伝統大衆芸能「講談」を学びながら
500年の歴史のある講談の持つ良いエッセンスを
聴くだけでは物足りない、自分で語りたい・唸りたい人達が
講師の講談師「神田山緑」(敬称略)にみっちり教えてもらえる勉強会です。

11月~2014年4月は「鉢の木」
佐野源佐ェ門常世(つねよ)と云う貧しい武士が、鉢の木を燃やして暖をとり、
旅の僧を心づくしのもてなしをする。「いざ!鎌倉」の招集がかかった危急の 
折、痩せ馬ではあるが名馬「大浪(おおなみ)」に跨り発奮、出陣する。

【講談語り】急ぐに急ぐ利根川や 坂東太郎と名も高き
     八十八河(はちじゅうやかわ)の落ち合う所 
     一事にざんぶと押し渡る 日光山の雪溶けて 降り続きたる春雨に
     水量(みずかさ)まさり水勢は 天に轟き地に響き 
     瀬枕たったる激流を 物ともせざる常世の馬術

「埋もれ木の 浮世の塵と朽ち果てて 死出の山路に 今ぞ花咲く」【了】

鎌倉で出迎えを受けた源佐ェ門は、最明寺殿(さいみょうじでん)時頼(北条時頼)
(諸国の様子を見て回っていた旅僧その人)と、感動の主従の対面をします。

謡曲で有名な「鉢の木」の中、
「いざ鎌倉と源左ェ門駆けつけの一席」、
之を持って読み切りと致します。

講談師冬は義士夏はお化けで飯を食い

上野広小路亭で講談聴いた後、
久しぶりにチェーン店でない”かっぱ寿司”で、早めの夕食を頂く。
(夜8時までは半額なのです。)

氷雨の上野広小路亭講談は
盛り上がらない前座の後、


神田松之丞が、何時もの凄まじい熱気で、
漫画チックな「寛永宮本武蔵伝」を講演し眠気が覚め、
神田愛山は、お得意の「アル中講談」酒飲みの若山牧水の歌あれこれ。
  

お仲入りの後

神田阿久鯉が、天明年間の(大名家奥御殿にばかり盗賊に入った)稲葉小僧
神田紫は、環境講談、「時代を先取りしてエコを実践した、勿体ない善兵衛」


神田松鯉(しょうり)師匠は義士本伝より「義士勢揃い」

友達の安コウ(堀部安兵衛)が、加賀前田家の御手子(おてこ)( 江戸時代,大名お抱えの火消し人夫)になった祝いを、蕎麦屋の2階で開くと云う、
言葉通りに、火消装束の恰好で義士が続々集まる。
俳諧好きの両国橋東詰の蕎麦屋・楠屋久兵衛は、知らぬまま、蕎麦に酒だけでは寂しかろうと、鶏を一羽都合して吸いものを作りながら、一句

いざ行かん いい面の皮 鯉の滝登り??

師走の俳諧教室のお題が発句「いざ行かん・・」だったようです。

赤穂藩俳諧三羽からすの大高源吾が作った句が

いざ行かん 岩をも通す くわ(きょう?)の弓

聴き違いか?くわの意味が、よう解らないまま、蕎麦屋主の前に勢揃いした
義士首領大石内蔵助が心ばかりと礼を云い、本所松坂町吉良邸に出立する。



講談師 冬は義士 夏はお化けで 飯を食い 

の言葉通り、この冬聴いた、三話目の義士(本)伝でした。

余談*日本講談協会は少人数で女所帯・・
松之丞が、上手く頑張ってますが・・劣勢は否めない
落語芸術家協会に加わって、寄席には出るが
芸がなかなか磨かれてないんでは・・?  2014,11,5追記

”孤高の松”くんです。

毛玉取りブラシでセーターの毛玉が取れて新品のように 活き返るのが子どものようにワクワク・・嬉しいです。

今日は、一日、家事に飛び回ってました。

朝食を用意し、洗濯ものを干して、

洗濯して乾いた小ざっぱりしたカーテンを窓際に吊るす。

掃除機をかけて汁が零れてかばったダイニングキッチンの床を軽く雑巾がけ、

天然水を注文し、ゴミ箱をアチコチ空にして、まとめたゴミを分別して出して、

銀行・郵便局に行き記帳・管理費支払いし

年賀状を金券安売りショップで求めて、

薬局で手洗い用洗剤と大判洗濯用ネットと毛玉取りブラシを買う。

八百屋とスーパーで買い物し、

管理人さんにあずかってもらった宅急便の荷物を引き取りお礼を言う。

豚汁、麦入り飯、明太子と鯵フライ、株と胡瓜の浅漬け、

スパゲッティペペロンチーノハーブ入りの夕食を用意する。

洗濯ものを取り込み、毛玉取りブラシで、セーターの毛玉をとる。

新品のように活き返ってこの瞬間はワクワク!する。

ブログを書いて、訪問下さったブログに目を通し、場合によりコメントを書く。

明日は雪だそうです、

外出する人は、転ばぬよう靴を選び、あったかい身なりで出かけましょう・・。

渡辺保氏の豊竹山城少掾の思い出話


歌右衛門伝説歌右衛門伝説

渡辺 保


早稲田大学の演劇博物館は、聴衆の嗜好に沿った質の高い講演会を企画します。


昨年は10月に「花の8代目団十郎」が開催され、
亡くなる数ヶ月前の12世団十郎の話が聴け、身体は青痣だらけで、鼻血が止まらなかったと、亡くなられた後、お弟子さんの話が掲載され、体調辛かったろうに、そういったことを少しも感じさせずに、最後まで和やかににこやかに観客に接した、誠実な人柄が殊更に懐かしく思い返された。

山川静夫元NHKアナと、澤村 田之助(六代目)さんのお話も、昔の様子を知る碩学の二人の、諧謔みのある丁々発止のやりとりの話は面白かったです。



劇評家・渡辺保氏をコメンテーターに招いた
文楽の伝説の芸「豊竹山城少掾(とよたけやましろしょうじょう)を語る」
を聴きに早稲田大学大熊講堂に行きました。昭和34年に引退したので、私には
全く縁ない人ですが、渡辺保さんがこよなく心酔している浄瑠璃の大夫で、

1音使い・運びの巧さが傑出している 
2人間の造形の達者なこと 
3ドラマの近代性

の3点に、特徴を置いています。


写真の「歌右衛門伝説は」その渡辺保氏著書で、

初めて、意識して読んだ劇評論でした。2000年に、6世歌右衛門が亡くなって、
その追悼の様に出版された本で、歌右衛門の美しかった女形の姿や踊りを想いながら読んだものでした。内容は、違和感感じた個所もあり、後年、渡辺保氏の講演を聴いた帰途、偶然地下鉄でご一緒して、そのことをお話したら、どんな処が違和感感じられた?と、直哉にいかにも興味深そうな風体で聴かれ、そこで自分も、この部分の感性は私とは異質だと、恐いものなしに2点ほど、披歴した思い出がある。

想像が巧みに過ぎて(妄想を)書かれているように感じたと私が言うのを、ウンウント頷きながら、面白そうに聴いて下さった、その至福の時間が、地下鉄の乗り換え駅で中断され、「では、また・・」そう優しく、話されて地下鉄を降車された柔和な笑顔が今も、まぶたに焼き付いている。

3年ぶりにご本人を拝見することが出来た。演劇博物館が素人でも入会できる研究者と嗜好家の会「歌舞伎学会」の事務局となっており、年2回、催される研究発表会に、顔出しして聴くのが楽しみだった。常連に、音源の収集者の大西秀紀氏がおられて、今日も、貴重な山城少掾の語りの音源を提供されていた。

   演劇博物館2_convert_20131216224737  演劇博物館前の渡辺保と児玉竜一_convert_20131216224717
   早稲田大学演劇博物館の夜景          大熊講堂前の渡辺保氏と児玉竜一教授
          20131216早稲田 猫に餌をやる学生_convert_20131216223317
            大学構内で猫に餌をやる学生

浅田 次郎著 「壬生義士伝」


壬生義士伝〈上〉壬生義士伝〈上〉

浅田 次郎


寒い底冷えのする1日でした。
この寒さの中で屋外で作業をせねばならぬ人は、身体を壊すのではと慮る程、身体を芯までいたぶる寒さでした。実家の家業は屋外作業なので、従事する
家族の辛さが思いやられます。室内で読書出来る身は幸いです。


日がな一日「壬生義士伝」(みぶぎしでん)上を読む。

戊辰戦争にあたって上野寛永寺輪王寺の宮を奉って、官軍と対した南部藩武士の
どっしりと腹が据わった対応は、
「事が丸く収まるのであれば、いくらでも頭を下げる、粘り強く説得もする、 
ただし、それだけなことをするからは、すべての準備も心構えも整っている。」


二駄二人扶持(年四俵の扶持米)の貧しさゆえ、脱藩し新撰組に入り、
鳥羽伏見の戦いで負け、大坂の南部藩蔵屋敷で腹切った足軽(藩校の助教)の子と、
同じ藩校に通った上士の子ら(一人の父は蔵屋敷で切腹を命じながら、帰国して
主戦論で藩を列藩同盟に導き、後、斬首)の、情溢れるいとけない交わりに胸が一寸熱くなる。身分の上下も介在せぬ素の人と人との交わり、幼馴染みとはよきもの。


南部武士は、温厚篤実(おんこうとくじつ)、民草に情(なさけ)深く、誠実で思慮深い気質を持つ。今に変わらぬ東北人の気質を随所に感じさせながら、話は進む。
浅田次郎氏のフラットで情深い気質を随所に感じる。

脳天気でひょうきんな我が身ながら、こういった人情絡む要素が含まれた書は、ついつい読んでしまう。浪人が辻講釈した講談の軍記物も人情絡みでよい話がたくさんあります。

浅田次郎著 「ま、いっか。」

浅田次郎氏の時代小説を読み進めてきて、
今は、お仲入り(寄席での休憩のこと)

随筆集「ま、いっか」を読んでいます。
光陰矢のごとしの通りまたたく間に30年は過ぎてしまった


随筆の中から、「時の悪魔」の章の一文に、

陶淵明の雑詩は「歳月は人を待たず」と結ぶ。
時の悪魔に抗う唯一の方法は、「自楽」のほかにあるまい。
仕事も勉強も結構だが、快楽や幸福感を犠牲にしてしまえば、
時間は矢のように過ぎてしまう。(引用)


都会の生まれ育ちではないので、
歌舞伎・文楽の舞台を観始めたのは、40歳過ぎて経済面でも生活が安定してから、
最近は講談も聴き始めて、読書とこれらの趣味や娯楽で得た感動や知識は、
確かに人生をふくよかな彩りあるものしてくれている・・。
人間は、幸福感感じられるが生きる糧になるとと、しみじみ感じる。



「蛍窓」の章では、

都会育ちなので蛍を見たことがなく、
大学に進まずに19歳にして自衛官となり、演習場の天幕に舞い込んだ一匹の蛍の、よろめく様な青白い光を目にした時の感動は忘れがたい。
めくるめく高度成長の時代に、自ら志願して兵士になるのには、
私なりのおう悩があった。のちに顧みて解析することは出来ても、
青春の悩みは混沌として未整理で、自分では始末の着けようがなかった。
だからこそ胸に泊まった蛍に、あれほど感動したのだろう。(引用)


都会育ちでないが、蛍を初めて目にしたのは、
長野県の伊奈谷に友人一家の里帰りに随行させてもらった25歳の時の旅行で、
小川に群生すると云ってよい程の多くのホタルが闇のなかで青白い光を放ちながら惑い飛ぶ様を、暫し凝視していた。初めて見る蛍の、静謐で幻想的な青白い光に
見惚れたのは、転職する事になった仕事・問題抱えた家族・行く末など、
ま、当たり前ながら、20代半ば相応の悩みを抱えていたからである。


氏は「一途」の章で、

あれもこれもやろうとしてはいけない。できると思ってもやってはならない。
神様はマルチタレントなどと云う便利な人間を、この世に一人も造ってはいない。
他人の才能を決して羨むな。多才な人間ほど、一芸をものにすることが出来ないから、それはむしろハンディキャップだ。わきめも振らず、一途に。
誰に何を言われようと、愛想を尽かされようと、
君の人生なのだから、ひたすらに一つのことを一途に。(引用)

光陰矢のごとしの通り、哀しいかな、またたく間に30年は過ぎてしまった。
思い煩うものなきこの先は、(他人のものでない)我が人生を、
(浅田氏流にいうなら)わき目も振らず、つき進みやり遂げたい。

が、脇見寄り道をするであろう・・



「恋娘昔八丈」

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「大塔宮曦鎧(おおとうのみやあさひのよろい)」

太平記に描かれた世界で、1892年(明治25年)の御霊文楽座で
上演して以来121年ぶりの復活上演・・

前半は六波羅探題(ろくはらたんだい)守護職の髭のオジサンが、
三位の局に艶書を送り袖にされ、怒っている、
後半は、子どもが輪になって盆踊り(?)をする処を、
突如、老武士が子どもの首を討ち取る、
という唐突な筋で、作品としては痩せていてつまらなかった。
しかも皇室が題材だから、
人形の舞台写真の掲載もなく、私には、作品としてはオオペケ!!か。


もう1話「恋娘昔八丈」(こいむすめむかしはちじょう)は、

「城木屋の段」
材木問屋城木屋(しろきや)の一人娘お駒は、
恋人髪結い才三郎(さいさぶろう)がいながら、左前になった家の為に
持参金つきの入り婿をもたされ、嫌で離縁しようとして殺めてしまう。

「鈴が森の段」
刑場に曳かれてきたお駒の助命が間に合い、
赦免状と悪事の生き証人を持参した才三(さいざ)と泣いて喜ぶ。
入り婿と城木屋の番頭は昔の悪仲間で、騙って大名萩原家の茶道具を騙しとった犯人で、その探索をしていたのが家臣の才三郎、
茶道具紛失事件の過程で、父が自害に追い込まれている。



安永4年(1775年)8月に、江戸外記座で初演されますが、
この「お駒才三」から、更に洗練され垢ぬけた、
小悪党「髪結い新三(しんざ)」の話を、幕末の戯作者河竹黙阿弥が描いています。

こちらは、材木問屋白木屋の番頭と恋仲で、入り婿を嫌った娘・お熊を
かどわかして、身代金をだまし取った
小悪党の髪結新三の話

「梅雨小袖昔八丈」(つゆこそでむかしはちじょう)

梅雨小袖昔八丈・髪結新三・勘三郎
中村勘三郎の「梅雨小袖昔八丈」の髪結新三

いなせなちょい悪ッて感じです。

「大塔宮曦鎧」(おおとうのみやあさひのよろい)

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国立劇場12月の文楽は「大塔宮あさひの鎧」と「恋娘昔八丈」

まず、1話目
「大塔宮曦鎧」(おおとうのみやあさひのよろい)
【ストーリー】
鎌倉幕府方の六波羅探題(ろくはらたんだい)の老役人・斎藤太郎左衛門は、
謀反を企てた後醍醐天皇が隠流岐にされているときに、永井右馬頭(うまのかみ)の屋敷にお預けになった、天皇の第九皇子・若宮の首を、生母・三位の局に横恋慕して袖にされた六波羅守護職の命で、討ち落とそうとしながら、
我が孫・力若丸を身代わりに討つ。

死んだ娘・早咲と婿は、天皇方について戦死していて、
その遺志を汲み、若宮を助けた。が、孫を討った哀しみで泣く。

若宮が哀れなので、庭先で他の子と輪になって踊っているうちに
気付かれぬように討ってほしいと、世話役の永井右馬頭・花園夫婦。
こちらも、我が子鶴千代を身代わりに立てていた。

史実では、建武の新政の1334年、恒良親王が皇太子に定められます。

ドラマでは、生母:阿野廉子(三位の局)は、我が子を帝位につけるため、
奮戦していた将軍でもある異母兄(後醍醐天皇の第三皇子)大塔宮護良親王を
和睦の為、鎌倉に配流して、その後、土牢で大塔宮が毒殺されるなど、
野心一杯の陰謀家の嫌な女(傾城・毒婦・女狐の類・・・)として描かれています。

後醍醐帝亡き後は、吉野で南朝は細々と、実質滅びたも同然になるのも、
因果応報か・・。

追記*ここに描かれた三位の局は、阿野廉子と同一人物かな~~?

健康は歩くことから・・

最近は、紙の手帳とはすっかりおさらばしてしまいました。
グーグルカレンダーに打ち込んで毎朝それを見て、予定をこなしています。
打ち込み忘れ、2ヶ月毎にいく検診を忘れてしまいました。

血糖が高目で、天気が崩れ気圧が降下していく過程で、昏睡してしまいます。
これは、体質で、17,8歳からなりました。
風邪をひきやすい、怪我は化膿しやすい,
胎児は数度死亡し、40代で左半身が肩から下が痺れ、
1年半ウォーキングして、左足ふくらはぎの痙攣を残して、他は治りました。
その後はウォーキングと筋トレを欠かさず、脳味噌も筋肉質になりました。

今では、風邪もひかず引き締まった(?)体で、動き回っています。
先日も、御徒町から東京駅まで、または、新宿から四谷まで、
四谷からなら3,4駅先まで、常日頃から歩きます。

いいこともあります。
筋肉が老化がゆっくりです。
それで、皺があまり増えません。白髪は増えるけど・・(これはケアできますし)

懐古趣味

夕方から冷え込んできて、部屋の空調を+2度に設定したので温かくなりました。この冬、初めてエアコンを使いました。

みんなの党が分裂し、江田憲司幹事長と共に14人が離党します。みんなの党には21人が残ることになります。年末には、政界地図が変わりますが、それは政党交付金が支給されるのが1月1日の議員数に基づくから当たり前、資金が無くては政治活動は満足にいかないのだから、理念政策で集団が棲み分けられるのは、スッキリとして、寧ろ良いと思ってます。

2010年6月、みんなの党がブームであった時、トップ当選した港区区議が、みんなの党に入党し、11年の区議選では新人4人を擁立し、当選に導きました。その区議は、2012年末の総選挙に出馬し、残念ながら、自民党候補と、民主党候補の間で埋没し、13年の参議院選でも、比例順位が届かずに落選しました。区政でトップを重ねていたので、残念でありました。2012年末の総選挙で、みんなと維新と生活と民主の一部とが、一勢力であったならば、非自民の死に票は出なかっただろうにと、残念です。だから、この先、民主と維新が割れて合流するのも結構、非自民勢力が育つことは、自民の政治家を磨くことにもなるのです。

小選挙区の良い点は政権交代が容易に起こり得る事、不味い点は、死に票が多く出る事、そうした厳しい選挙を巨大与党でもないのに勝ち上がってきた第3極は、みんなも維新も政策ごとにパーシャル連合を自民と組む、今回の秘密保護法案もそうでした。昔の自民党派閥を見ている様な気もします、金がかかり過ぎると言われた自民党派閥総裁選でしたが、国民の目からは、派閥の均衡政治は悪くなかったように思い返せます。政治家も理念と矜持を持った人も多くいました。ただ、冷戦崩壊後は、国際間の力関係で、日本は状況が年々厳しくなっている。年のせいか、最近、何事も昔が懐かしい・懐古趣味になったなあ(;一_一)


2014,10月の追記
1年前の記事ですが、江田憲司氏は反日ゆえの離党でしたね。
いま、合併し”維新の党"となった橋下さんも・・

売国政策を、正しい政策であるかのようにカムフラージュして、
日本国民を騙す豊富な手口・・

朝日新聞の慰安婦連行の強制性捏造記事と、
河野官房長官の会見で、・
「強制性の証拠はなかったのに、「あった」といった・・
何故に・・??

彼らは、いかに如何に韓国に日本から金を持ちだすか?
ばっかかんがえている売国在日だから・・

という事実を知らしめたことは大きい。


国際協力NGOセンター(JANIC)               「サハラ以南アフリカに目を向けてみよう」

NGOを支援するNGO国際協力NGOセンター(JANIC)http://www.janic.org/

友人の未帰化の日本生まれの日本育ちの中国の方が、将来NPO法人を立ち上げて、アジアの貧しい母子の為に、活動したいと云うので、同じ趣味サークルで知り合った、上記のNPO法人JANICを紹介しました。これまで自分も知らずにいたので、この機会にJANICのHPを覗いてみました。

【引用】
世界の現状に目を向けてみましょう

紛争に苦しむ人、地球環境の破壊、飢えに苦しむ人、学校に行けないで働く子どもたち。遠い世界のことだと考えていませんか?

MDGs2015を達成しよう!

2015年までに貧困を半減することや母子保健の改善、環境の保全、先進国の果たすべき責任など、8つの具体的な目標が「ミレニアム開発目標(Millennium Development Goals:MDGs エム・ディー・ジーズ)」としてまとめられ、世界の国々は協力して達成することを合意しています。

1貧困や飢餓をなくそう
(世界の人口のおよそ5人に1人が、1日1ドル未満で暮らしています。)

2小学校に通えるようにしよう(今も6100万人もの子どもが小学校に通っておらず、その約半数がサハラ以南アフリカ、5分の1は南アジアの子ども達です。)

3性による差別をなくそう(ジェンダーの平等の推進と女性の地位向上)

4赤ちゃんを守ろう
(乳幼児死亡率は3分の1の削減に留まる。特に新生児死亡率が課題)

5お母さんを守ろう(妊産婦の死亡のうち、サハラ以南アフリカは56%、南アジアでの死亡は29%を占め、この2つの地域の死亡者数が全体の85%を占める。途上国では1990年に出生10万人あたり440人だった妊産婦死亡率が2010年には240人まで減少しているものの、先進国と比較して15倍もの開きがあります)→私も胎児が産まれず、早朝登院した医師に緊急手術で助けられました。

6病気を防ごう(HIV/エイズ、マラリア、その他の疾病の蔓延防止)

7環境を良くしよう
(安全な飲み水を利用できないでいる人々の4割はサハラ以南アフリカに集中)

8世界のみんなで助け合おう
(GNI国民総所得の0.7%をODAに充てる目標は達成されず)【引用終わり】

幸せに生きる秘訣『明るく元気で、遊び好き、欲が     深くて、ええ加減、そのうえ素直でお人よし』

『明るく元気で、遊び好き、欲が深くて、ええ加減、
そのうえ素直でお人よし』
と、人から云われることがあります。


気がよくて、すぐに「まっええか」とほったらかして別の事に気移りする。
ただし、ホッポリ投げはしないで気が向いたら
また、戻って取り組むタイプですが。
仕草や表情が本能の域を解脱していない、
小動物の様だとも云われました。

父が前立腺がんが発見された時は、目安になるPSA値が1700もありました。
正常値は、4.0 ng/mlでそれ以上が異常値で、父の場合は1700ng/mlですから
、医師は診たことないと、驚いたものでした。

月1度の抗がん剤の下腹部への注射で病状が落ち着いてきて、
昨年10月に、1700ng/mlが今年9月には17,6ng/mlにまでおちて、
順調に症状が寛解している。骨も全く異常がない、骨密度も平均より30%も高い
と云われ一安心して、この12月は付き添いに行かないでいたら、
付き添った家人は、医師が本人には聞こえない様に既に骨に転移しているでしょう
と云われたと電話で言ってきました。

医師に付き添うだけの私にはつい3か月前には、骨も全く問題ない
と云われたのが何とも不思議で、遠方から付き添いに来るものには、
安心させる様に症状を軽くしかいわなかったのかと、
思い返し腑に落ちないながら納得しましたが。

年末に向けて日毎に寒さ厳しく、病気持つ人は大変だろうなあ、と、
実家の父を日々想いだす、自分も、風邪をひかずに怪我などせず、
人生に貧乏神等引き込まないよう、いつも緩んでいる気と脇を、
ここは引き締めていきましょう。

ちなみに1年前の今日、12月7日は大きな地震の揺れがありました。
東北の沖合と東日本と、父の病院帰りの車の中で、私もかなり揺れました。

 震災チャリティー講談               「横綱谷風と橋場のちょう吉(人足の親分)兄弟杯の噺」2

本日の上野広小路亭の宝井駿之介の講談は
ゲストに、大相撲の力士だった 大至(だいし)さんを迎えて

~震災義援チャリティー講談会~3回目

駿之介の手拭い,色紙、CD,DVD他、一律一〇〇〇円~三〇〇〇円でしたが、飛ぶように売れてました。
これまでの3回のチャリティー講談会で計20万円を、被災地に送ったそうです。政府が被災地復興にもたもたするなか、国民は出来ることからさっさと取り組んでいます。国民は人情があり意識も高い・・。

お題は「橋場の長吉」
横綱谷風と橋場のちょう吉(人足の親分)兄弟杯の噺10月27日の記事

20131206広小路亭チャリティー駿之介     谷風
    講演後、楽屋口の宝井駿之介               谷風




深夜、23時20分頃、特定秘密保護法案が青票130、白票82票で参院本会議で成立するのを、Yahoo!が中継する。維新の会とみんなの党は退席。民主・共産・生活・社民党と、みんなの一部議員が反対する。

 特定秘密保護法が成立 参院 賛成130票・反対82票朝日新聞デジタル
       2013年12月6日23時27分


月内にも「新党結成」・風雲急を告げる政界再編 時事ドットコム

あなた!おとうさま 「お腹召しませ」

月に3度位、吉祥寺に習いごとに通っています。
渋谷を経由して井の頭線で通いますが、12月に入り、デパートにクリスマスツリーが飾られて電飾が煌めいて、立ち止まって眺めました。
渋谷井之頭口_convert_20131205004224 
  渋谷のデパート井の頭口のツリー      

一つ手前の井の頭公園駅で降りて、公園内を散策しながら行くこともあります。
桜が咲き零れる春は格別ながら、師走の現在は色づいた木々の葉が朽ち葉となって足元に敷き詰められ、それをふかふかと踏みしめ歩きながら、冬の樹木の枯れた姿に目を留め、冷たい空気は頬に纏いつき、寧ろ心地よく、物憂い事など忘れてしまう、癒され深呼吸している自分に気付きます。

本日の読みかけ本は浅田次郎著「お腹召しませ」
武士の本分は廃れた幕末、入り婿の不始末を拭わんと、家を残そうとして切腹せんとする高津又兵衛を妻と娘は「お腹召しませ」とせっつく・・奮起するオジサン武士の哀しくて可笑しい話。

お腹召しませ_convert_20131205004414
アマゾンにドロップキック!!整理棚・浅田次郎お薦めランキング67位お腹召しませの解説詳細が参考になります。

読書日記2・浅田次郎

浅田次郎の新作「黒書院の六兵衛」上・下を読み終えました。
都合、二週間抱えていたことになります。

旗本上役が尻をからげて逃げ出す中、開城なった江戸城で将軍を守護し奉る御書院番士の務めか、武士道か、黙して語らぬまま、西の丸の「虎の間」を皮切りに「御黒書院」まで、十ヶ月間勤番を続けた、うつけな本人と入れ替わった武士の魂を持つ俄か旗本「的矢六兵衛」の話。


黒書院の六兵衛 (上)黒書院の六兵衛 (上)





続いて「一路」(友人の高木俊明氏のお薦め本)
お殿様の参勤交代の御供頭としての一路の奮闘、「行軍録」を頼りに一路江戸に向かう。参勤交代と云うプロジェクトを仲間の助けでこなしていく、一話完結型爽快ストーリー。
ブログ「アマゾンにドロップキック」浅田次郎お薦めランキングを参考に・・


一路(上)一路(上)




霊気ヒーリング*心が癒されるのみでなく*人の掌は    不思議に温かいエネルギーを発します

6人が集まった霊気ヒーリング忘年会の一こま・・
様々な話題に花が咲きました。

霊気エネルギーマスターの中身と効果
筆跡から性格を鑑定する方
理想の家を引き寄せた方法(引き寄せの法則)ETC

自然な流れで霊気サークル
(輪になって掌を相手の体に当てて、気のエネルギーを送る、
掌はとても温かく身体の弱い部分(例)腰の腎臓の個所などが温まる)
が出来て、その掌の霊気エネルギーが私の背中に寄せられ集って
熱いほど背中がホカホカして、私は皆から生気エネルギーと勇気をもらいました。


追い込まれていた我が身を蘇生させた霊気ヒーリング

父のがんの癒しになるかと、受講に行った
「望月俊孝さんの霊気ヒーリング」http://www.takaramap.com/
でしたが、

心が癒されるのみでなく、
身体の要所に温かいエネルギーを送る事が出来るのを体験しました。

人の掌は、不思議に温かいエネルギーを発します。

孝行な娘・お秋が詠んだ「秋色桜」

神保町落語カフェ_convert_20131130205339 神保町落語カフェ貞橘_convert_20131130205151
            神保町落語カフェの貞橘

講談の女3大ネタは
 秋色桜(しゅうしきざくら)
 山之内一豊の妻
 曲馬団のおんな 


の3話で、昨日は貞橘が秋色桜を、すずが曲馬団之女です。

【講談のあらすじ】秋色桜の由来

日本橋小網町の菓子職人・じん兵衛の娘・秋という9歳の子が手習が大人顔負けで
隣家の蕉門十哲の筆頭・宝井其角が弟子にして、秋色(しゅうしき)と名乗る。
13歳のおり、上野のお山の花見で詠んだ歌

井の端の 桜あぶなし 酒の酔い 
  酔っ払いが水を飲みに来てそのたびに桜の花が散る様を詠んだ


これが上野寛永寺輪王寺宮様の目に留まり、
宮様や諸侯の元に出入りする様になる。

宮様の中庭を拝見したいと云う、父・じん兵衛の為に,
供と云うことにして、雨が降り出したのを見計らって腹痛と偽り、
駕籠かきを、薬屋に遣いに出し、
笠と合羽姿の徒歩の父と入れ替わる。

この話が、世間に伝わり孝行な娘・秋色の名が知れ渡る。
じん兵衛が出した菓子の店は繁盛し、
今も三田の「大坂屋」として、秋色もなかを名物として売る。

普通の最中ですが・・餡が甘すぎずナメラカナのが、大坂屋の菓子の特徴・・

現在も上野清水堂脇に残る「秋色桜」の由来です。

20131130神保町落語カフェ貞橘3写真_convert_20131130205225 神田すず20131102_convert_20131130210232
しくじったか( ^^) _U~~頭を丸めた貞橘           す ず
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趣味 散歩と文楽と歌舞伎
文楽歌舞伎狂言の非日常性に昇華された人間性を感じます。日々のつれづれを 舞台に投影したり政治に絡めたりして書いています。

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