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歌枕

歌枕には 風流な場所のみでなく 
東夷(あずまえびす)と いわれた関東地方にも
「鶏が鳴く 東の国の  筑波ねの・・」と 詠まれた筑波山

山部赤人が詠んだ反歌(万葉集巻3)
 我も見つ 人にも告げむ勝鹿の 真間の手兒名が 奥津城ところ(432)
  勝鹿の 真間の入江に打ち靡く 玉藻苅りけむ 手兒名し思ほゆ(433)

とある 葛飾も 歌枕になります・名物は寅さんだけじゃあないです。
葛飾(勝鹿)は 千葉・埼玉・東京にまたがる。伝説の舞台は千葉県市川市

小野小町と静御前は 多く能・文楽・歌舞伎に題材がとられていますが
それより古い古代の 額田大王や真間の手児名の噺は 見聞していないです。


新作歌舞伎は 明治期 坪内逍遥作の「桐一葉」他の 淀殿物
岡本綺堂の「修善寺物語」
真山青果の「お浜御殿綱豊卿」などの 台詞劇
など ありますが どれも 歌舞伎らしくない 平坦な構造の劇

「熊野」源為朝の噺「珍説弓張月」など 三島作品はこれらに比べ重層的だが 
ぎょうぎょうしくて あまり楽しめない・・
「鰯売り恋の引き網」など エスプリのきいた短編喜劇に 持ち味が出ている。

江戸期の作品で 今日最も多く上演される 
河竹木阿弥 鶴屋南北そして近松門左衛門には 近代作家は遠く及ばない・・
作劇法は難しいので 
劇評家も 批評ばかりしていないで 
自ら作ってほしい。

尾上菊五郎が 例年
上演が途絶えていた狂言を 復活して正月興行してますが
現代風にアレンジし 華やかで楽しめるものになってます。

今年は 木阿弥の「櫓太鼓鳴音吉原」(やぐらだいこおともよしわら)を
アレンジした「夢市男達競」(ゆめのいちおとこだてくらべ)
杉ちゃんが登場・・
で笑いを誘いましたが 盛り上がりに欠け 淋しい感じが拭えなかった・・。


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万葉歌人 額田王

             51-+vdd7xUL._SL500_AA300_万葉集
                     
香具山は 畝傍をししと 耳梨と 相争ひき 
 神代より かくなるらし いにしえも しかなれこそ 
   うつせみも つまを 争ふらしき《万葉集巻1の13 中大兄皇子》

 意味 大和三山の香具山が 畝傍山が愛しいと 耳梨山と 争った 
   神代の時代も昔も 妻(恋人)の愛を得ようと このように争ったのだろう
   (天智帝が 弟の妃額田王を愛し 詠ったという説もあります。〉

斉明7年(661年)、 熟田津で額田王が、船出の歌を詠んだ年に、斉明女帝が崩御し天智帝(中大兄皇子)の御代になり、天智6年(667年)の八月 奈良県飛鳥京から近江国大津京へ遷都が行なわれ、額田王は住み慣れた飛鳥地方を離れるに及んで、歌を詠みます。

長歌
 味酒(うまさけ〉 三輪の山 あをによし 奈良の山の
  山の際に い隠るまで 道の隈(みちのくま)い積もるまでに  
   つばらにも 見つつ行かむを 
     しばしばも 見放けむ(みさけむ)山を 
       心なく 雲の隠さふべしや
       (万葉集巻1の17 額田王 近江の国に下る時に作れる歌 )
反歌
 三輪山を しかも隠すか 雲だにも 
      情(こころ)あらなむ 隠さふべしや(万葉集巻1の18)

《意味》長歌  三輪の山は、奈良の山々の山際に隠れるまで、道の曲り目が幾重にも重なるまで、つくづくと見ながら行きたいのに、幾度も眺めたい山なのに、無情にも雲が隠すことがあってよいものか。
反歌  三輪山をそのように隠すものか、雲に情けがあるならば隠さないでほしい。
 ・「味酒」「馬酒」は 三輪 にかかる枕詞で 神酒をミワと言った。
 ・「あおによし」 は 奈良にかかる枕詞
 
 額田王は 19歳で大海人皇子の沿い伏しとなり 十市皇女(とおちのひめみこ)を産み 皇極(斉明)朝の宮廷歌人として 華やかな存在でした。長く続いた飛鳥京を離れ、琵琶湖の畔の大津京へ向かう心細さの中で 読んだ歌は 額田王の歌の特徴である、際立つ鋭敏な感性で 飛鳥の山々道々の情景を捉え 凛とした声が通る様な、生気に溢れ 技巧的にも優れた私の好きな、長歌・反歌です。


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政治か風流か

 岩走る 垂水の上の 早蕨の 萌え出ずる春に なりにけるかも
志貴皇子の和歌はその気質を表し華やかに繊細に・叙情性豊かな叙景歌を詠む、天智天皇の皇子で母が采女(宮中の官女・地方豪族の娘がなる)である為に、皇位には縁なくまた本人が自覚し、政争に巻き込まれるを避け和歌を詠み、風流を旨に生涯を終える。
 采女らの 袖吹き返す明日香風 都を遠み いたずらに吹く(亡母を思い詠む)
 むささびは 木末求むと 足引きの 山のさつ男に会いにけるかも
 #皇位継承を望んだ者は猟師に撃たれるムササビのよう#父天智天皇の死後、義兄大友皇子は壬申の乱の敗者になり自死。その壬申の乱の勝者の天武天皇は明日香清御原令を制定し、古代国家の基礎を作る。が、686年9月の死の後、その子草壁皇子の皇太子の地位を守る為、10月異母弟大津皇子が鸕野讃良皇后により(という説がある)死を賜る。さらに草壁皇子は689年3月病没。天武帝から9代を経て、志貴皇子の子白壁王が70代で(それまで酒飲んで世間の目を欺く)49代光仁天皇に即位。怖い系譜。
 筆者が好きな和歌に
 芦辺行く 鴨の羽交いに霜降りて 寒き夕べは 大和し思ほゆ
 (あしべいく 鴨のはがいに 霜ふりて 寒きゆうべは やまとし おもおゆ)#淋しい葦の茂る川岸にいる鴨の羽に霜が降り旅先で故郷大和の地が思われる・センチメンタルジャーニーである。
 政権争いに巻き込まれ、あるいは巻き込み、死んでいった皇子や権勢者の浮き沈みを遠視眼で見つつ、万葉集に6首の和歌を残す。その生き様は生き延びるに選択肢無かったのだろうが、心の琴線に触れる叙情的叙景歌を筆者は好きです。
 万葉調といわれる歌風の和歌を残した鎌倉3代将軍実朝は、仇であると吹き込まれ誤解した故・兄頼家の遺児公暁に討たれて、歌人であるが政治家として死んだ。彼の詠んだ秀歌
 武士の矢羽繕う 籠手の上に 霰たばしる 那須の篠原
(もののふのやばねつくろう こてのえに あられたばしる なすのしのはら)
 #霰降る那須の荒涼とした篠原で黙々と矢羽を繕う鎌倉武士の情景が浮かびます。今日はセンチメンタルに風流サイドにシフトして書きました。


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趣味 散歩と文楽と歌舞伎
文楽歌舞伎狂言の非日常性に昇華された人間性を感じます。日々のつれづれを 舞台に投影したり政治に絡めたりして書いています。

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