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橋本さんの 率直過ぎる『沖縄米兵はもっと風俗業を活用して』発言に、司令官凍りつく

田植え時の北朝鮮は、ムスダン引っ込めてスッカリ静かになり、朝鮮半島情勢は平穏を保っている。
橋本維新の会共同代表が、慰安婦について「いいか悪いかは別にして、軍の規律を維持するために当時は必要だった」と述べ発言し、大変なことになってます。

NHKNEWSweb橋下氏 慰安婦必要の認識を重ねて示す 5月13日 20時57分
維新・橋下氏が慰安婦是認発言=在沖米軍には風俗業利用促す―与野党から批判 時事通信 5月13日(月)20時25分配信

この中で橋下共同代表は、いわゆる従軍慰安婦問題について、「いいか悪いかは別にして、軍の規律を維持するために当時は必要だった。戦争に勝った側が、負けた側を乱暴するという事実は山ほどあり、そういうものを抑えるためにも、慰安婦のような制度が必要だったのは厳然たる事実だ」と述べ、当時としては、慰安婦の制度が必要だったという認識を重ねて示しました。
一方で橋下氏は、「慰安婦制度を、すべて否定するとかすべて正当化するのはだめだ。戦争の悲劇で生まれたものだから、意に反して慰安婦となった方には配慮を持って接しなければならない。政府が、拉致して暴行脅迫で無理やりそういう仕事につけさせたと世界から非難されているのは、違うと言わなければいけないし、国を挙げて拉致したという証拠が出てくれば、日本国として反省しなければいけない」と述べました。【NHKNEWSwebより引用】

個人的見解は、何時の世にも存在する風営業に従事する女性と客の需給関係で、そこに敗戦国日本の軍が組織的に関与し、慰安婦を強制従事させたと、後付けで、いろんな脚色が着いたと理解する。欧米諸国も同様、第2次大戦でも、軍の周囲に着かず離れずに着いてきた、商売女性の存在は、広く知られている。

日本の政界・財界・芸能界の上層部にいる、一握りの、〈1910年~1945年まで内国人であった〉朝鮮人の発言が取り上げられ、その挙動で、政府もマスコミも企業の動向も左右される。日本人は、そういった事象の本質も知らず、お人好しよろしく、拝聴し自己批判しているが・・。補償がからむから、事実が極端にゆがめられ、当事者が第三者を装い、相手方を非難し、優位に誘導する。河野談話を発表した経緯については、読んだ記事に、慰安婦を強制徴収したという、ガセネタを掴ませられ、官房長官が発表するのを、毎日の記者がすっ飛んでいったが、間に合わず、止められなかった、というもの。朝鮮半島問題は、経済破綻しIMF管理下に入った韓国の経済問題であり、北の、核を手段として米国との直接交渉に言及した、半島統一問題である。断片を捉えてあれこれ云っていると、木を見て森を見ずになります。

橋本さんが
【引用】また、橋下氏は、今月上旬に沖縄のアメリカ軍普天間基地を視察したことに関連して、「海兵隊の性的なエネルギーを解消するために、司令官に対して、『もっと風俗業を活用してほしい』と言ったら、司令官は凍りついて、『禁止している』と言っていた。法律の範囲内の風俗業は認めないと、建て前論ばかりでやっていたらだめだ」と述べました。【NHKNEWSweb記事より】

こちらは笑ってしまったが、至極最も・・、沖縄の基地周辺で性犯罪起こされるより、合法的に遊行費を風俗街にも落としてくれたら、犯罪は無くなるといえずとも減少し、地元経済も風営業とはいえ潤い、一面とはいえ日米友好に寄与し、この効果は大きい、それこそ目出度い三方一両損というものです。

各党の反応は
維新議員団幹部の1人は「歴史のタブーに触れる問題発言だ」と非難。自民党幹部は「論外だ。致命的な発言になるだろう」と批判。民主党の海江田万里代表は「慰安婦制度は必要ない」と強調し、共産党の市田忠義書記局長は「戦慄を覚えた。市長や党首の資格はない」と語った。【時事通信記事より引用】 
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昭和の歌手“バタヤン”が死去・・かえり船を聴き涙する 

 歌手の田端義夫さん 死去NHK NEWSWEB 4月25日 20時23分

写真集 歌手田端義夫さん写真特集時事ドットコム

バタヤンの唄う“かえり船”は、昭和21年作、京都府舞鶴港に着く、中国大陸からの引き揚げ船を唄った歌で、哀愁漂う好きな歌でした。3歳で父を亡くし、鉄工所・パン屋など、様々な職業に携わり、その後歌手になったバタヤンがギターかかえて唄った姿は、明るく人を何処までも受け入れる温かさがあった。





  
 “麦と兵隊”は戦前歌謡曲だと思っていたら、元は
 土と兵隊・麦と兵隊(新潮文庫)昭和13年、火野-葦平作の戦争行軍小説3部作“

上海事変後の杭州湾上陸作戦に一兵卒として従軍、人馬共にまさに泥まみれの決死の行軍の様と兵隊たちの心情を、弟への日記体の手紙の形に綴ったのが「土と兵隊」。
「麦と兵隊」は軍報道部員として徐州作戦従軍時に味わった、果しない麦畑の中での言語に絶する状況と、砲弾降り注ぐなか、死体を見ても何も感じなくなってきた人間としての感覚の麻痺から、中国農民の素朴さに安堵する心まで、ここには日中戦争を生きた人間の、心の闇が浮き彫りにされている。
もう1作は「花と兵隊」。   (高長恭さん投稿のレビューより1部抜粋)

 “麦と兵隊”歌詞
1 徐州徐州と人馬は進む 徐州居よいか住みよいか
   しゃれた文句に振り返えりゃ お国訛りのおけさ節 
     髭が微笑む 麦畑
2 戦友(とも)を背にして 道なき道を 行けば戦野は夜の雨
    すまぬすまぬを背中に聞けば 馬鹿を云うなとまた進む 
      兵の歩みの 頼もしさ
3 腕をたたいて遥かな空を 仰ぐ瞳に雲が飛ぶ
    遠く祖国を離れきて しみじみ知った祖国愛 
      戦友(とも)よ来て見よ あの雲を
4 眼(まなこ)ひらけば砲煙万里 鉄の火焔(ほのお)の狂う中
    夕陽ゆらゆら身に浴びて 独り平和の色染める
      麦の静けさ 逞(たくま)しさ
5 往けど進めど麦また麦の 波の深さよ夜の寒さ
    声を殺して黙々と 影を落として粛々(しゅくしゅく)と
       兵は徐州へ 前線へ  

歌詞とメロディーは感傷的なまでに美しくとも、行軍小説“麦と兵隊”の戦況描写は静謐にして過酷。国の政策で死んだ若者を英霊として祭り、自国の政治家が参拝するのは当然であろうが、他国が干渉し、円借款でその場しのぎをしてきた。
(満州事変に至る以前)、日韓併合にかんして米国主導で行われたとする歴史認識がある。

板垣 英憲(いたがき えいけん)「マスコミに出ない政治経済の裏話」
セオドア・ルーズベルト大統領が「野蛮な民族、集まれば争い分裂」と批判、
朝鮮民族は「正しい歴史認識」を 2013年04月26日 01時46分44秒
 1部引用

ロシアが、ピーター大帝が進めた「東方政策」(ウラジオストック=東方を侵略せよ、という意味)を「南下政策」に転じて、満州から朝鮮半島に向かい、大日本帝国との間で、軍事衝突しそうになっていたころ、米国は、海軍兵学校のアルフレッド・マハン校長が著した兵学書「シーパワー(海上権力論)」に沿って、太平洋戦略と対ロシア極東戦略、朝鮮半島戦略を進めていた。1898年4月20日、米西戦争(同時多発戦争)勃発、12月、パリで講和。スペインは、フィリピン、プエルトリコ、グアムを割譲。1904年2月、日露戦争勃発。
 1904年7月、米国タフト国務長官(後の大統領)が、日本の桂太郎首相との間で、秘密裡に協定を結ぶ。その内容は「米国がフィリピンを占領、支配する代わりに、米国は、日本が朝鮮半島を支配することを認める」というものであった。タフト国務長官は、フィリピン各地で米国支配に反対する抵抗運動が頻発していて、これを鎮圧するのに手間取り、朝鮮半島を支配する余裕がなかった。このため、日本に朝鮮半島支配を依頼したのであった。セオドア・ルーズベルト大統領は、この頃「満州国に新国家建設」(ユダヤ人国家建設)を構想していた。
 1910年8月22日、米国の強い要請でもあった日韓併合条約がワシントンで調印。朝鮮側は、朝鮮王国最後の総理大臣であった李完用が、調印した。以後35年にわたり、大日本帝国による支配が続いた。大日本帝国が、武力により朝鮮半島を勝手に侵略して、支配したわけではない。これが、「日韓関係の正しい歴史的事実」であり、両国民は、「正しい歴史認識」を持たねばならないのである。韓国マスメディアや韓国政府が、「歪曲」して喧伝しているような歴史認識は、間違いである。【引用】






日韓の関係修復のときです

韓国で25日朴槿恵・新大統領が就任した。
父の朴正熙元大統領(側近のKCIA部長・金載圭に射殺される)は軍人から大統領になり、日中国交回復し、貧しかった韓国の経済的飛躍を成し遂げた。清貧で国の為に献身したという評価が現代では高い。ミャンマーなども同様、現在の民主化した国情の前段階では、軍政が国の安定を担った時代がある。

竹島は韓国に実効支配されている。船溜まりに桟橋、現在は新防波堤を建設中。船の定期便が就航し観光客が年間20万人訪れる。
島根県隠岐では竹島についての領土意識を高校生に、授業でレクチャーしている。地図に国境線を引いたり、竹島の現状を図説入りで解説したり・・。
一事で、2国間関係全体を損なうことのない様、朴槿恵大統領の元で、日韓が古代からの交流の歴史に立ち返り、関係修復されるよう願う。就任式には麻生副総理・岸田外相・福田康夫元首相・額賀日韓議員連盟会長・小沢一郎生活の党代表他が招待されて訪韓。

古事記や万葉集を読むと、古代の朝鮮半島との緊密な交流が窺える。仏教が半島から伝来し、聖徳太子が国の精神的支柱を仏教に置こうとした時代、その太子の死後、蘇我氏が専横に振舞った時代を取り扱った噺が
「妹背山婦人庭訓」(いもせやまおんなていきん)

写真 (78)

妹背山婦女庭訓 道行恋の苧環(みちゆきこいのおだまき)の段
 参照 http://imagica.blog.fc2.com/blog-entry-110.html
妹背山婦女庭訓2 山の段
 参照 http://imagica.blog.fc2.com/blog-entry-111.html

三輪山の神木・杉から作った樽に酒を詰め商った杉酒屋の娘お三輪が、苧環(男・求馬が背中に背負っている糸巻き)の白い糸をその袖に縫いつけた恋人・求馬(もとめ)は、実は藤原淡海(不等人)で、逆賊・蘇我入鹿を付けねらう。その淡海は夜毎に訪れる姫に恋をし、その着物の裾に苧環の赤い糸を抜いつけてあとを追う。姫が帰っていった先は蘇我館であり・女は入鹿の妹・橘姫であった。
お三輪と橘姫が求馬を間に挟んで「恋は仕勝手」とやりあう

「道行恋苧環」(みちゆきこいのおだまき)の浄瑠璃

思い乱るるすすき陰、それとお三輪は走り寄り、
仲を隔てて立つ柳、立ち退く袂(たもと)引き止め・・
この手柏の二人の女、睨めば睨む萩と萩
中にもまるる男郎花(おとこえし)
『放ちはやらじ』と縋り付き、こなたが引けばあなたが止め、
恋のしがらみ蔦葛、付き纏われてくるくるくる
廻るや三つのお車(ぐるま)の、花より白む横雲の
たなびき渡りありありと、三笠の山も程近く
鳴る鐘の音(ね)に・・・

お三輪は蘇我館で亡くなりますが、「疑着(嫉妬)の相ある女の生血と爪黒の鹿の血汐を混ぜて、横笛にそそぎかけなば、その音色に入鹿が正体なくし・・」と、淡海の部下・猟師の鱶七(ふかしち)が「入鹿討伐に役立った」と、息を引き取る間際のお三輪に語って聞かせ、お三輪は求馬を思い死んでいく哀しい綺麗なお話です。


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